03


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シンとした沈黙が公園に落ちる。
経緯を話し終えたユキは口を閉ざし笠松の反応を待った。

「……本当なら冗談や作り話だと一蹴したい所だが、お前が嘘を吐いているようには見えねぇ。実際何も無い所から現れるのも見ちまってるし」

ユキの話を否定はせずに笠松ははぁっと深い溜め息を吐くとユキの隣に立つリョウタへと視線を流した。
いきなり振られた眼差しにリョウタは僅かに戸惑いをみせ、ジッと頭の天辺から靴の先まで滑っていった笠松の視線に首を傾げる。

「それにこんだけそっくりな人間がいれば噂にならないほうがおかしい」

すらりとした長身に整った顔。さらさらの黄色い髪の毛は黄瀬より幾分か襟足が長いようで無駄にきらきらと華やかで、何もしていなくともやたらと目立つ。
一通り観察し終えた笠松はチッと舌打ちをして上着として羽織っていたシャツを脱ぎ始める。

「センパイ?」

不思議そうに声をかけてきた黄瀬にちょっと待ってろと返し、笠松は脱いだシャツを無造作にリョウタに向けて投げ渡す。

「わっ!?っと…ちょっと!」

「その刀、隠せ。そっちはどうだが知らねぇが、うちの黄瀬に妙な噂が立ったら困るんだよ」

今は人気の無い公園でもいつ誰かが此処を通りかかってもおかしくはない。

「ただでさえお前は黄瀬に似てるんだ」

「似てるも何も、厳密にはちょっと違うっスけど、どういつじん…」

「リョウタ。今はソイツの言うことに従っとけ」

投げ渡されたシャツを片手に持ったままぼやき始めたリョウタをユキの鋭い声が制止する。まだ何か言いたげなリョウタを目線で黙らせ、ユキはリョウタに預けていた重心を元に戻し、足に力を込めて一人で立つ。
両手が自由になったリョウタが刀を鞘に納め、シャツをぐるぐると刀に巻き付け始めたのを確認してからユキは笠松と黄瀬を真摯な眼差しで見据えた。

「配慮が足りなくて悪かった。…けど、俺達はこの世界もこの世界の俺とリョウタがどんな人間で、どう過ごしてるのか何一つ知らない」

刀を完全に隠し終えたリョウタは地面に落ちていた八卦鏡を拾い上げる。

「お前ら二人に迷惑をかけるつもりはないが、ただその前に迷惑をかけない為にも、この世界と二人の立ち位置を教えて欲しい。そうしたら後は自分達で何とかする」

「…そうだな。少し待て。黄瀬と話し合いたい」

振り向いた笠松に呼ばれ、黄瀬はユキとリョウタから距離を取って笠松と顔を突き合わせた。

「どのみちアイツ等を放っとくわけにはいかねぇし、問題が起きてからじゃ遅過ぎる」

「どうするんスか、センパイ?」

「家に連れ帰ってもお前は平気か?」

「……それがセンパイの結論なら。嫌だけどイイっス」

「どっちだよそれ。お前が嫌なら嫌で、また別の方法を…」

「だって、アイツ、俺にそっくりなんスよ!万が一センパイが、向こうの俺を好きになったりしたらっ」

「ばか、んなこと万が一にもあるわけねぇだろ。俺は別にお前の外見を好きになったわけじゃねぇ。海常で一緒にバスケして、皆でバカやって騒いだり、高校卒業しても俺を追っかけて同じ大学に飛び込んで来た、俺の可愛い後輩兼恋人は…黄瀬 涼太、お前一人だけだ」

俺が信じられないか?と、黄瀬は両手で頬を包まれ、ゆるりと柔らかく細めら れた薄墨色の瞳に見つめられる。

「うっ……」

「それともお前は違うのか?向こうの俺に惚れたりするのか?」

「しないっス絶対!俺の恋人は笠松センパイだけっス!」

「ん…、ほらな。そういうことだ。お前だから俺は好きなんだよ」

頬を包んでいた手が離れ、緩く笠松に抱き締められる。背中を軽くぽんぽんと落ち着かせるように叩かれ、話が本題に戻される。

「黄瀬。アイツ等を家に連れて帰っても平気か?」

「…っス。もう大丈夫っス」

話が纏まった所で笠松は黄瀬を腕の中から解放して再度ユキと向き合った。

「長話になるだろうから一旦家に移動しようぜ」

「いいのか?得体の知れない人間を家に上げても」

「まぁ…このまま此処に居られても俺達が不利になるだけだしな。もし気にしてくれるなら、ソイツの持ってる八卦鏡とやらをこっちで預からせて欲しいんだが」

自分達の世界に帰るのに必要な代物だとユキは口にしていた。そうと分かった上で言葉に乗せた願いは当然のようにリョウタから強い反発を食らった。

「何でそこまでアンタにしなきゃならないんスか」

鋭く尖った琥珀色の双眸が笠松を睨み付け威嚇してくる。当然の反応に笠松は怯む様子もなくけろりと言い返した。

「そこまでしなきゃ安心出来ねぇからだ」

まず先に一つ教えておいてやる。
俺達がいるこの国には銃刀法っていう法律があって、お前が今手に持っている刀も、殺傷能力のある武器は所持しているだけで違反になる。銃刀法違反になれば警察という法を守る組織の人間に捕まり罰せられる。だから普通の一般人は武器なんて何一つ持っていない。

「武器を携えた、それこそ得体の知れない人間相手に無防備に背中を向けて歩けるか?安全策があるならとるに越したことねぇだろ?」

「けど、」

「止めろ、リョウタ。お前の言い分も分からなくはない。だけど、それでも八卦鏡だけは渡すことは出来ない」

八卦鏡はいわばユキとリョウタの命綱。元の世界に帰る為の、本来なら存在しえない世界でユキとリョウタの縁を繋ぐ為、存在を紡ぐ為。

「その代わりにリョウタの刀を預ける」

「えっ!ちょっとユキさん!なに勝手に…」

「分かった。とりあえずはそれでいい」

「アンタも何勝手に交渉に応じてるんスか!」

「センパイ、俺が持つっスよ」

リョウタの手からするりと刀を奪ったユキは笠松に刀を手渡し、その隣で黄瀬が長さのある刀に運び難いだろうと口を挟む。

「くれぐれも大事に扱ってくれよ」

「…っス」

黄瀬の手へと渡った刀にユキは一言言い添える。そしてユキは無視されてむくれるリョウタに苦笑を浮かべて、リョウタの服の裾を指先で掴む。

「移動しようぜ」

「ユキさん。俺、怒ってるんスけど」

「悪かった。でも俺、今も立ってるだけで限界なんだけど?」

リョウタの服の裾を引っ張りつつ、ユキはリョウタを下から見上げて弱ったように笑う。

「うっ…俺はそんなんで騙されないっスよ」

「なに、運んでくれねぇの?」

体重を預けてきたユキにリョウタはグッと眉間に皺を寄せ、恨みがましい眼差しでユキを見下ろす。

「俺がそれに弱いの知ってて……、アンタ本当イイ性格してるっスね」

「でもお前、俺に甘えられるの結構好きだろ?」

するりとリョウタの首にユキの腕が回され、リョウタは慣れた動作でユキの背中と膝裏に腕を添えるとユキの身体をヒョイと横抱きに持ち上げた。

「はぁー、もうっ!さっさと行くっスよ!案内して下さい!」

「お、おぉ…」

一連のやりとりを見ていた笠松は抱き上げられたもう一人の自分の姿を見て微妙そうな顔をして頷き返す。
黄瀬は自分にも笠松を抱き上げられるかな?と首を傾げた。傾げて、想像して、どちらかといえば自分は笠松を抱き上げるよりも、自分が笠松に抱き上げられたいとうっすらと目元を朱に染めて隣を歩く笠松をちらりと見る。
その時ちょうど黄瀬を見てきた笠松と目が合い、黄瀬はどきりとして一人慌てた。いきなりそわそわとしだした黄瀬に笠松はほっと息を吐き、表情を柔らかく崩すとそっと黄瀬の手を取って指先を絡めた。





End


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